医療・教育対談

2010年1月17日

東京大学教授北潔先生と鈴木学園長との対談第1回
『寄生虫研究からガン撲滅へ』

学園長 今回は東大医学部の北潔教授をお招きしてお話を伺うことになりました。先生には昨年10月の「野田クルゼ・メディカルアカデミー」にお越しいただき、実に興味深いお話をいただき、さらに面白いお話が聞けるかとひそかに期待して今回の対談をお願いした次第です。

予定では5回ぐらいの対談となります。最初に先生のご専門のお話から入って、どういう研究をしているのか、そして中盤に先生の研究者をめざされたきっかけ、少年時代の将来の夢、最後に教育者としての今後の課題、などなどをお聞きしていきたいと存じます。よろしくお願い致します。

北教授 はい、よろしくお願いします。

学園長 それではまず先生のご専門の寄生虫学について概略のご説明をお聞きできればと存じます。

北教授 寄生虫と一口でいってもとてもさまざまな種類があります。回虫は多細胞の寄生虫、原虫は単細胞の寄生虫です。原虫は顕微鏡レベルでしか目に見えない。アメーバ、マラリアなど致死的な寄生虫は全部原虫です。その中のトリパノソーマにはアフリカトリパノソーマとアメリカトリパノソーマがあります。アフリカのはツェツェバエに刺された時に感染し、中枢神経系を侵されて眠り病になる。アメリカトリパノソーマは、サシガメが血を吸った時に感染する。最近では輸血やジュースで感染するという報告もあるんです。

これとはまた別にリーシュマニアという原虫があります。ひとつは内蔵型、もうひとつは皮ふ型。皮ふ型は潰瘍ができたり、森林梅毒といわれ、鼻が取れてしまう病気です。森林のカが媒介しています。

学園長 以前に先生がJICA(現国際協力機構)の仕事で南米のパラグアイにおられた時に、その薬をなんとか作りたいと思われたとうかがったのですが。

北教授 そうですね、これらに対するいい薬が無いということを知り、臨床に活かせる研究をやりたいと思いました。現在はアスコフラノンという眠り病の薬を開発しております。研究としては人に関しては安全性を確かめるフェーズ1試験をやれる段階に入っています。

学園長 それをやるにはお金がとても要るんですよね。

北教授 まったくそうなんです。ですから、厚生省など国が手伝ってくれればいいのになぁと思います。ビルゲイツ財団も協力を申し出てくれています。大きな会社でアフリカに関係する会社、たとえばトヨタなど、サポートしてくれればと思い、それらの方々に説明する本も書いてみました。国立国際医療センターの総長の桐野先生は、日本でも薬の開発をできるようにしよう、そして国際的な病気も治したいというお考えです。免疫学の第一人者の笹月先生もセミナーを開いてくださって、協力をいただいております。

学園長 Neglective tropical diseaseといって、無視される熱帯病も多いとか?

北教授 シャーガス、眠り病は与えられる研究費が少ないんです。ただ今年からは厚生省から調査費として研究費を頂いております。アスコフラノンのターゲットタンパク質は非常に不安定で、その性質は誰もわかっていませんでしたが、私の研究室で初めてその結晶化に成功しました。ただこれは何しろ初めてのことなので分子置換法などが利用できず、全くゼロから始めないといけないのです。実際に現場では感染している牛からの感染があるという報告がLancetという学術報告書に載っていますので、最初に動物、特に牛の感染をコントロールしたい、と思っています。

学園長 アスコフラノンというのはどのような機序で効いているのでしょうか?

北教授 アスコフラノンはシアン耐性酸化酵素(Trypanosome alternative oxidase: TAO)という酵素をターゲットにしています。トリパノソーマはグリコソームと呼ばれる細胞内小器官の解糖系でATPを作っているのですが、ここで出来たNADHを酸化する際にトリパノソーマ固有のこの酵素を使います。われわれ人間はこの酵素を持っていませんので、アスコフラノンが副作用なしに効くというわけです。牛にこの薬を投与して、治ったかどうかを見るだけでなく、その経済効果も含めて現地への効果を総合的に見る。それをフィードバックしながら、投与を続けていく、という作戦です。

学園長 薬剤開発の専門家、経済の専門家とチームが出来つつありますよね。楽しみな展開になりそうではありませんか。

北教授 唯一ないのが資金なんですね。フェーズ1をあとにおいておいても、とにかく牛を治したい!という気持ちがあります。それができれば資金の道も開けるかと・・。嬉しいことに、様々な方が協力して下さっています。アフリカの現地で、マラリアへの対策として、殺虫剤をしみこませた蚊帳を使っていますが、その蚊帳の材料やどうやってしみこませるかを丹念に研究して、長期間使えるようなものをつくる、その経済効果を調べている澤田さんという東大経済学部の先生は大切な研究費を「ぜひ、使って下さい」と申し出られました。とても強力な味方です!

学園長 このような生物学の実験をする際に、統計などの問題もあるとおもいますが。

北教授 現実問題としてアフリカ現地の問題をどれだけ改善したのかを数値化する際に、統計がかなり重要なものになってきております。私と同じ国際保健学にいる徳永先生は多大なデータを駆使して、糖尿病やナルコレプシーに関連する遺伝子の候補を見つけられております。このようなことからも統計はとても重要だということを身にしみて感じております。昔は統計なんて、実験下手の研究者がやるんだとばかり思っていたのですが、その考えを改めました。(笑)

学園長 寄生虫をその分野だけで終わらせずに、他の分野まで広げたご研究もなされているとお聞きしておりますが。

北教授 寄生虫はじつはがんとも関係あります。マラリアや回虫などの寄生虫は低酸素でも生きていけるように特殊な代謝経路を使っていることが分かっています。最近、実はがんも同じようなことをしているというのが分かったのです。

学園長 実に興味深い展開ですよね。

北教授 つまりがんに虫下しが効くということです。実際、すい臓がんの研究で、虫下しの薬ががん細胞の増殖を有意に抑制できるということが分かりました。今は大腸がんでも同じような実験をしたいと思っております。

学園長 寄生虫研究からガン撲滅の研究への「転戦」、なんとも勇猛果敢な研究の最前線ですね。

北教授 現在臨床に一番近いのはアフリカ睡眠病、臨床に近づけたいのは先ほどのがん研究です。若い人ががんで亡くなるのはとても悲しい。進行が進んでみつかったすい臓がんはとても悲惨です。このようながんを一刻も早く治したいと思います。

学園長 次回はさらに研究内容とその応用のお話をおきかせください。また先生が研究生活に入られるようになった経緯などもお願いいたします。小石川高校の生徒時代に東大闘争が勃発し、安田講堂まで「見学」に行かれたという思い出などお聞かせください。

対談者プロフィール

東京大学大学院医学系研究科<br />国際保健学専攻<br />生物医化学教室<br />東京大学医学部<br />健康科学・看護科長-北 潔

東京大学大学院医学系研究科
国際保健学専攻
生物医化学教室
東京大学医学部
健康科学・看護科長
北 潔

1974年東京大学薬学部卒業、同修士、博士課程を修了(薬学博士)。
1983年まで東京大学理学部助手、その後1990年まで順天堂大学医学部助手、講師。
1991年~1998年東京大学同医科学研究所助教授。
1998年3月より現所属、教授。
基礎研究を通して人類の向上と福祉を目指している。代謝調節と生体膜の生化学および分子生物学などの純粋な基礎生物学的研究とともに国際的な医療問題に対する共同研究や指導による研究室外の活動を積極的に進めている。

東京大学大学院医学系研究科<br />国際保健学専攻<br />生物医化学教室<br />東京大学医学部<br />健康科学・看護科長-北 潔

野田クルゼ学園長
鈴木 宏昌

東京大学文学部卒
国語担当

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