医学部合格体験記

加藤有希乃 順天堂大学合格


●野田クルゼに入学したきっかけは?

もともとは有名な大手予備校の医学部特化校舎で授業を受けていました。

先生方は生徒への対応が忙しそうで、積極的な性格ではない私は先生への質問をするのにも苦労していました。こんな経験をしていたので大手ではない医学部専門の予備校にしようと思いました。多くの医学部専門予備校の入塾説明会に参加し、どの予備校にするか迷いましたが、野田クルゼには、叔父が通っていた事、学費優待制度があること、何より、伝統と歴史が他塾に比べ圧倒的だったので野田クルゼに決めました。

●野田クルゼでお世話になった先生は?

物理の伊藤先生は、とにかく生徒を気にかけて話しかけてくれる(笑)。

授業中に、わからない顔をしているだけで、「わからなかった?」と。

クラスに100人以上いた大手予備校の授業では考えられない事でした。

模試で一位を取ると、先生の名言が書いてあるオリジナルTシャツがもらえるんですが、最後の模試でもらえたのが、とてもうれしかったです(笑)

英語の杉原先生は、とても論理的で、表面の間違いをとにかく原因まで突き詰めてくれる。それだけでなく、その原因を対策するためのアドバイスや教材まで用意してくれるんです。

大手予備校は、人数が多いのに、個人競技のような感じでしたが、野田クルゼは、少人数なのに、本当に団体戦のようで、積極的に先生に質問にいけなくても、先生方からたくさん声をかけてもらえました。

本当に、名前を挙げていない先生にも、とても、本当にお世話になりました。

●野田クルゼで印象に残っている思い出は?

クラスの雰囲気が本当に良かったです。フレンドリーで、みんなでがんばろう!という空気。もちろん、模試などではライバルでもあるんですが、 みんなが医学部合格という1つの目標を目指しているというのもあり、モチベーションが高まりました。

先生方も、生徒たちもみんなで団体戦をやっているような、そんな空気に私はとても助けられました。

●医学部を目指したきっかけは?

小さい時、本気でピアニストを目指していたんです。ところが、中2の夏に、腱鞘炎になり諦めざるを得なくなりました。その時、本当に、いろんな病院に行ったんですが、スポーツなどであればスポーツ専門の医師がいたりするのに、音楽に精通した医師というのが海外にはいるのに日本にはいないんですね。

中3まで毎日絶望感に苛まれていましたが、その間に本を読んだり、将来を考えていく中で、ちょうど受験期になったというのもあるんですが、音楽に精通した医師になろうと思いました。

●合格発表のエピソードがあれば教えてください。

順天堂大は記念受験だと思っていたんです。

どうせ不合格だろうと思って、親戚が遊びに来ている中WEBサイトを見たら、合格していて、しかも正規合格で(笑)

祖父も、父も、医師ですが、私の前ではそこまで喜んでなさそうでしたが、やっぱり嬉しかったみたいです。

祖父は病気で、体を起こすのも何人かの手がいる状況なんですが、私の合格発表を聞いたらバーっと起き上がったらしいです(笑)

●御茶ノ水という場所はいかがでしたか。

叔父は、市ヶ谷に校舎があった時代の野田クルゼに通っていたそうです。

御茶ノ水は、校舎と同じビルの1階にある丸善書店で息抜きをしていました。

また、順天堂大が、野田クルゼの窓から見えるんです。毎日、順天堂大を眺めて、野田クルゼに通っていました。

●受験生へメッセージをお願いします。

受験勉強は、メンタルが全てだと思います。

大手予備校に通っていた現役生の時は、10月くらいに諦めちゃったんです。今考えると、あと数点で志望校に合格できるレベルだったのに。

野田クルゼでも10月くらいに成績が落ちてしまい、防衛医大の一次にも不合格で、現役時代のようにメンタルをやられました。でも、今年は今までで一番がんばってきたし、自分に一番合うところには合格するはず!と思い、やりきることができました。野田クルゼの先生、生徒、いろんな人にヘルプしてもらって。

諦めることだけは、絶対にしないほうが良い。そう思います。

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医学部予備校の野田クルゼ

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